2016年3月18日金曜日

14.インドネシア紀行その①〜インドネシアのインディものづくり事情〜

ご無沙汰してます。
インドネシアから帰国しました。しかしながらどうやら月末は台湾に行くことになりそうです。台湾にはブログのネタがあるでしょうか。
昨年も桜見逃したので、今年こそと思っていたが、どうなることやら。

さて、前回の記事にて記載した通り、ある種ブログのための旅、それなりに収穫があった。まずは表題の「インドネシアのインディものづくり事情」について書いてみようと思う。かなり個人的な見解であり、それなりに文章が長くなってしまうかもしれないので、誠に恐縮である。

まず渡航の概略を簡単に言う。訪れた先はバンドン、バリ、ジャカルタ、そしてそこから電車(昔の日本の電車を再利用している。片道50円程度!)で1時間くらいの小都市ボゴル。

どことなく懐かしい電車。お客さんいるなかで掃除してました。

前も書いたがバンドンは日本でいうとなんとなく下北とかそんな感じの雰囲気がしなくもない街である。学校とかもたくさんあって、若者カルチャーが豊富な印象。バリは観光客が多く、ジャカルタはかなり都会。ボゴルはまあまあの田舎町という感じだ。

バンドンでは「POP SHOP」というセレクトショップ(?)とかに行った。たぶんだいたいが個人で作っている服が売っているところで価格はおそらく日本の半分くらいだと思う。ジャカルタでは「SRM」(以前紹介したexperience brothersやsoreが在籍している)というレーベルの運営するショップに行き、CDを数枚購入した。購入したCDは凝ったデザインのものが多く、こちらも高くても500円程度である。正直いいなぁと思った。日本でやったらいくらくらいするのかしらといらぬ計算をしかけた。

購入したCDたち。どれも凝っています。SRMのステッカーもいただきました。


さて、なぜ彼らはこうした自由なものづくりができるのか?
勝手に出した答えとして、やはり「個人」の存在が強いからだと思う。町を見渡すと、けっこう個人の印刷屋や縫製屋が見受けられる。そういえば以前インドネシアを訪れた際、データのコピーをしようと思って「印刷屋へ行け」と言われた際、「コピー機ねぇのか」とに驚いたことがあった。たぶん家庭にコピー機があるお家も多いのだろうが、大量のコピーには「近場の」印刷屋を使うのだろう。印刷もきっと多岐にわたっていて、相談すればCDのジャケの印刷なんかもやってくれるんじゃなかろうか。個人でお願いしても相手も個人経営だからたぶん安上がりにできるのだ。
縫製屋もしかり。インドネシアでカバンの試作したことがあるという経験者に尋ねたところ、材料持って行ってデザイン伝えたら3000円くらいでやってくれたといっていた。その試作品もまあ見事なものだった。バンドンなんかにはそういう工房もやはりたくさんあるようだ。

このようにインドネシアには自分の思ったものを形にしてくれる人びとがたくさんいるのだ。これはかなりうらやましいことでもある。

服にのみ関して言えば、服はやっぱ作るもんなんだなぁと感じた。いつしか買うもんだと思っていた。オーダーをするという行為は、自身の思う素敵なものを作る場合、要請する側の技量が問われていく。受け身の姿勢ではなく、かなり能動的な姿勢が必要なのだ。たぶんこうした発注者と受注者の関係やりとりを通して、双方の創造性や技術力というかそういうのが磨かれていくのではなかろうか。我々「消費者」はそういうのを忘れかけているように思う。何事も消費的行為はかなしいことだと、なんとなく最近は思う。まあごはんとか、ある程度消費しないと生きられないんだけど。上澄み的な部分に対して。

少々脱線したきらいもあるが、まあ、つまりインディであることが割合に当たり前の世界なんだろう。もちろん、日本と比べれば貨幣価値みたいなのが違うし、俺が知らないだけで日本でもきっとそういう業者はたくさんあるのだろう。無知でありながらも大それたことを書くことにひけめを正直感じてはいる。

思えば屋台でもの売っている人とかバイクタクシーやってる人とか、はたまたゴミ拾いを生業としている人とか、やはり個人でいかに生き抜いていくか、みたいなところがやっぱり強いのだ。再三言うが、日本の現状ではどうにもならない部分はたくさんある。しかしながら、その精神性みたいなところにはやはり見習う部分があるように、あくまで個人的に、感じた次第である。

なんとなく印象的だった写真。夜の町、ひとりゴミを拾い集める人が遠くに見える。

だいたい以上でしょうか。乱れた文章を書いてしまったかもしれないが、なにかしらお伝えできればなんとなく嬉しい。他にもいっぱいネタがあるので、また書きたい。なんで書きたいのかよくわからないが。

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